「でも、それを言ったら田上さんこそじゃないですか」
 浮草が言った。
「今こうして出掛けてるのもそうですけど、よくあたしと一緒に居られますよね」
 何を根拠にそんなことを言いだしたのかまでは口にしない浮草。そして田上も、彼女が何を根拠にそんなことを言いだしたのか、問い質しはしなかった。
「そういうことを疑問に思えるようにはなったんだな」
「おかげ様で」
「っていうのは、誰のおかげなんだ?」
「そりゃあ一番はよっしーですけど」
「だよなあ」
 いつもの名前が出たところでいつものように呆れた返事をしつつ、しかし「二番以降があるんだな」とも。少し前までの彼女なら、今神以外の人間はその存在から感知していなかったことだろう。そして今神が絡んで感知せざるを得なくなった場合は……というのは、どうやら過去の話になったようなのだが。
 そんなことを考えた田上は、しかしそれには触れることなく、元の質問に立ち返る。
「まあ、お前に何をどうされてようが、あの時もう死んでたんだしな俺。……それに? 実際は何をどうされるまでもなく俺が勝ったし?」
「うわー憎たらしい」
「お互い様だろ」
 言うと、浮草はこれまた憎たらしい笑みでそれに応えるのだった。ということはつまり、お互い様であることを否定するつもりはないらしい。
 同じく憎たらしい笑みを返してから田上は続けた。
「でも、一番は詠吉だよなあやっぱり」
「そりゃあよっしーはありとあらゆる分野で一番ですよ。何言ってるんですか今更。で、何の話ですか?」
「おう、反応するのは話聞いてからにしてくれな」
 軽く聞き流してから、改めて話を続ける。
「あの時詠吉の奴、俺以上にブチギレてただろ? そこから何がどうなったらそのブチギレた相手の面倒見る気になって、しかも付き合うことにまでなんのかっていう――いや、今まで何度もその話は聞いてるんだけどな」
 その何度も聞いた話を忘れたというわけでもなければ、理解できなかったというわけでもない。ただ、自分が今神の立場だったとしても絶対に取れない選択だ、というだけのことだった。
 それまでよりもほんの少しだけトーンを下げて、浮草が言う。
「それ、あたしとよっしーが似た者同士って話ですか?」
「それも一つ、だな」

「珍しく浮草がいねえから訊いてみるんだけど」
「何ですか?」
「何か進展あったか? お前と浮草」
「…………!」
 みるみる顔を赤くさせる今神だった。ということは、これまでと同様、ということなのだろう。なんせこれまでと同様の反応である。
 ……浮草がいないから訊いてみた、ということで田上は普段今神にこういう話を振りはしないのだが、しかし当の浮草が時々振るのだ。田上が傍に居ようとお構いなしに。
 ――裸見ても一切動じねえのに話すんのが無理ってのは、なんか変な感じではあるけど……仕方ねえよな、変な奴が彼女なんだから。
「あー、別に急かしてるわけじゃねえぞ」
「は、はい……」
 今神との間で「何かしら」があれば、浮草も今より多少は大人しくなるんじゃないか――という考えがないではない田上であったが、それは伏せておく。浮草はともかく今神の個人的な領分の話に横からちょっかいを出したくはなかったし、それに何より、
 ――交際経験ゼロな奴の勝手な想像でしかないんだもんな。
「『何も言わず、何もせず、ただ黙って傍に居てくれる人がいい』だっけか」
「……言ったのそのまま持ってこられるとかなり恥ずかしいですけど、そうですね」
 何の話かというと、今神の女性の好みの話である。いや、その話をした際に彼は「それ以外は無理」とも言っていたので、ならばそれは好みというより必須の条件というべきなのかもしれないが。
 そしてそれは、浮草にも同じことが言えた。
「二人揃ってそんななんじゃあ、そりゃあ何も起こりようがねえよな」
「そ、そういう欲求が全くないってわけじゃないんですけど」
「欲求て」
 そういう話をしていたのはもちろんそうなのだが、それにしたって随分と大胆な発言である。浮草のことを考えると、その頭に「今神にしては」と付け足したくもなるが。
 顔を俯かせがちにし、そして弱々しくながらも、今神は言葉を紡ぐ。
「ただ、あいつは意味もなく裸になりますから……」
「それなあ」
 それが今神の前だけならまだしも、他の男性の前でもそうなのだ。と、その「他の男性」の立場から、そう思わずにはいられない。そして、それが彼氏の立場であれば尚一層に、とも。
 と、こういう話になる度に出てくるいつもの感想を口にしようとしたところ、しかしそれ以外に思い付くことが一つ。
 いや、思い付いてみれば、今神と話をし始めた時点で真っ先に持ってくるべき話題だったようにも思えたのだが。

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