「そういえば、昼飯の時のあれは結局何だったんだ? 詠吉、何か聞いたか?」
 意味もなく裸になる彼女に、それでも何か意味を求めるならば、それは「着替えの際に着るのが面倒になったから」ということに、一応はなる。意味というよりは理由というほうが適切ではあるし、ならば理由としては適切なのかと言われれば、間違いなくそうではないのだが。
 が、今それはともかくとしておいて、なので今回彼女が着替えでないタイミングで服を脱いだのは不自然なのだ――自然とは何だと言いたくなる。
 というわけで、話を振っただけで顔をしかめたくなる田上だったのだが、そんな彼と向かい合う顔はにこにこと晴れやかだった。
「それなんですけどね、田上さん」
「お、おう」
「田上さんの為に気合入れた結果なんだそうです、あれ」
「…………」
 ――意味が分からねえ!
 意味は分からないが、しかしその意味の分からない話のどの部分を今神が喜んでいるかは、まあ、分からないではない。故に彼のその喜びように水を差すようなことはしたくない田上であったが、とはいえ、聞き流すわけにもいかなかった。
「気合入れたら裸になんのか、あのアホは」
「あはは、そうらしいです。俺も今日初めて聞かされたんですけど」
 ――まあ普段の生活で気合い入れる場面なんてそうそうないだろうしな……という理解をしておけばいいんだろうか、これは。
 ということで何とか納得してはみる田上だったが、しかしそれならそれで別の疑問も湧いてくる。
「んじゃあ、今までのもそのうち何回かはそういう理由で?」
「さ、さあ、どうなんでしょうね?」
 何を想像したのか、うろたえ始める今神だった。
 なんせ「食事の準備のため」という、そうすることに全く何の関連性の見出せない事柄に対して服を脱いだ浮草である。ならば他の事例を挙げようにもその目星の付けようなどないのだが、とはいえしかし、どれだけ見慣れていようが何だろうが、今神からすればそれは恋人の裸体である。真っ先に想像してしまうものとなれば、そこはやはり相当に限定されてしまうところだろう。
 ――つくづく、変な奴と付き合うってのは大変そうだな。

「ところでよ浮草」
「まだ何か?」
 散歩の最中に浮草は言う。あまり話し掛けてくれるなと。
「……黙ったままでもあれこれ成立すんのなんてお前と詠吉くらいのもんだっつの。んで、俺はそこまでお前と仲良しこよしなつもりはねえ」
「いやあ、照れるなあ」
「後半ガン無視とかすげえなお前」
 話題を振る度に気勢を削がれてしまうが、しかし振る度である以上はいつものことである。あまり気にせず本来の話題へと。
「一応お前だって修羅なわけだけど、その辺についてはどう思ってるんだ? もっと強くなりたいとか、そういうのってあんのか?」
 浮草は笑った。鼻で。
「そんな田上さんじゃあるまいし」
 あからさまに馬鹿にした態度だが、しかし意味の分からない理屈をこねくり回されるよりはむしろ気が楽である。
「いや、俺だけの話ってわけじゃねえだろ」
 ――そりゃあ、俺が人よりそういう願望が強いってことくらいは分かってるけども。
 それもあって日々鍛錬に励んでいる田上なのだが、しかし強くなるというだけなら、修羅になった時点で普通の人間とは比べ物にならないような力を得てはいるのだ。であれば、自ら望んでその力を手に入れた人物については、その先を求めたくなるような欲が多少は湧いてもおかしくないのでは――と、田上はそう考えた。
 無論、修羅になっただけで十分だ、という思考を持つことも在り得ないとは言えないのだが……。
「うーん」
 浮草が唸る。食い下がりこそしたものの、田上は即否定の連続を想定しており、なのでこの時点でもう意外だという感想を持たされるのだった。
「よっしーの邪魔になる人をどーのこーのするのに、今のこれで足りないってことなら考えますけどねえ」
「……まあそうなるわな、お前なら」
 それが考えた末の答えであることは意外だったが、結局のところその内容自体はいつも通りのものなのだった。
 が、
「いやでもお前、俺に負けただろ。それは今言った『足りない』ってことになるんじゃないのか?」
「あれはそもそも、田上さんが邪魔者だったってところからあたしの勘違いだったわけですし」
「勘違いで殺されかけるってのも中々すげえ話だけどな。……で、俺がそうじゃないにしても、いつか俺と同じかそれ以上に強い邪魔者が現れるって可能性は考えないのか?」
「何もない間は何もしません! それがあたしとよっしーです!」
「そういう言い方するとただの怠け者みてえだな……」


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