今神について「真面目な奴」という評価をしている田上は、ならばもちろん、今更その評価を覆して彼が本当に怠け者だなどと思ったりはしない。しかし、もう一方の浮草については――。
「…………」
 残念ながら、と、頭にそんな一言を添えたくもなりはするものの、やはり怠け者だなどとは思えない田上なのだった。とはいえそれは今神とは違い、ネガティブな理由から来るものなのだが。
 何もない間は何もしない、というたった今自信満々に宣言された彼女の自身への評価は、恐らく今神と二人でいる時のことを指したものなのだろう。なんせ浮草は、ほぼ一日中読書をし続ける今神に、同じくほぼ一日中付き添っているのだ。
 そしてそれが今神と二人でいる時の話である以上、第三者である田上が浮草を評価し得るのはその「ほぼ一日中」から外れた部分でしか有り得ない、というのは言うまでもない。そして、その「ほぼ一日中」から外れた部分では、怠けるどころか騒ぎばかり起こしているというのもまた、言うまでもないことだった。
 ――まあ、それも最近は随分マシになってきたんだけどな……とか言って、今日の昼にもひと騒動あったばっかなんだけど。
「で、田上さん」
「ん? おお、何だ」
「人を怠け者呼ばわりしといて何ボーっとしてんですか」
 成程それは確かに失礼だ、と素直にそう思った田上は、咳払いを一つ。
「で、何だよ」
「いや、そもそもなんであたしにそんな話振ったのかなーって。強さがどうのの話なんて愛坂さんとしてりゃいい、というか家出る前にしてたんでしょうに」
「それはまあ、そうなんだけどな」
 今回田上は分身を家に残してきているので、もしそちらの自分がその気になっていれば、今現在も愛坂とその話をしている可能性はないではない。
 が、それについてここで言及したりはしないでおいた。何故かというと、今もその状態のままなのかどうかは定かでないにせよ、分身を残してきたのは今神の部屋なのだ。浮草を差し置いて今神と二人でいる、なんてことを彼女に知られたりしたら何を言われるか、いやさ何をされるか分かったものではない。
 ので、素直に話題に添った話を続けることにする。
「いや、その家出る前に真意さんとしてた話の中で、『鬼さん達はなんで強いのか』ってのが話題になってな」
「はあ」
 あからさまに興味のなさそうな相槌を返してくる浮草だったが、気にしない。今神の絡まない話には大体こんな感じである。
「で、俺達の中で一番それに近いのはお前かなってな。……あ、俺がそう思ったってだけで、真意さんがそう言ったってわけじゃないんだけどな」
「んー、別によっしー以外の誰に何をどう思われてもってところではあるんですけど」
「けど?」
 先程の相槌と同様、そっけなくあしらわれて終わりだと思っていた田上。しかしそこへ今のような含みのある反応をされると、意外だと思わされると同時に興味を惹かれてもしまうのだった。
「そのよっしーが聞いたらどう思う話ですか? それ」
「あー」
 それは、浮草が強くなることを今神はどう思うか、という意味も含まれていないということはないのだろう。しかしここで最も重要視されているのは、田上がわざと説明を省いた「強くなる条件」なのだろう。何かしらの条件を伴うこと自体も明言こそしていないが、しかし「鬼達の強さ」について「浮草がそれに一番近い」という限定的な言い回しをした以上、浮草が感付いていてもおかしくはない。
 田上は考える。「ヘンな人がヘンになった」という愛坂の言葉を借りるのであれば、それを理由に強さを得たとして、しかしそのことを好意的に捉える者はそういないだろう。
 が、浮草の場合、その「ヘン」な部分というのは、まず間違いなく今神への強烈な執着心ということになるだろう。少なくとも、田上が「浮草が一番それに近い」と思った理由はそれである。
 であれば、程度の問題はさておき、今神の為に強くなるということであれば、その今神にとってそれは悪い話ではないのではないか――
 ――いや。
「喜びはしねえだろうな」
「じゃあノーサンキューです」
「だよな」

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