「それで田上さん、今更ですけど」
「おう」
「あたし達ってこれ、どこに向かってるんですか?」
 本当に今更だった。浮草のことなので、今まで訊くタイミングを逃し続けてきた、というようなことでは勿論なく、単に興味がなかったのだろう。そしてそれは単に時間潰しの手段として持ち出しただけのものであって、実際に尋ねてきた今ですら、やはり興味はないのだろうが。
「いや、考えなしに歩き回ってるだけだけど」
「やっぱり?」
 見当を付けていたらしい浮草には、やはり不満を抱いた様子は全くない。むしろ、下手に目的地を定めていた方が嫌がられていた可能性すらある。
「ちなみに、お前はどっか行きたいとことかあんのか?」
「よっしーの半径一メートル以内。密着できれば尚良し」
「だろうとは思ってたけど、ホントなんでついてきたんだよお前」
 ――あと尚良しも何も、部屋にいる時はいっつもそうだろうがお前ら。ちゃんとノックしてから入ってんのにそのまんまだしよ。
 と、しかしそれはともかく、ではこれからどうしようかと田上は考え始めた。別にこのまま考えなしの徘徊を続けてもよかったのだが、しかし一応とはいえこういう話題が出た以上、気にしないではいられなかった。
 ちなみに、今ここで散歩を切り上げて帰る、という選択肢はない。というか、浮草の今の返答でなくなった。勝手に付いてきた挙句に帰りたいたあどういう了見だ、という心持ちであった。
「なんか面白いことねーかなあ」
「何があってもよっしー抜きじゃあ片手落ちですけどね」
「土産話くらいにゃなんだろ」
 帰るという選択肢を意図して排除した時点で意趣返しは済ませており、故に逆に落ち着いた対応を取ることができた田上。
 なので、
「それもそうですね! 田上さんにしちゃ偉いぞー」
「そりゃどうも」
 あからさまに馬鹿にしたそんな言い草にも、冷静に対応することができたのだった。
 ただ、
「アホなこと言ってくるのはもういいけど、頭撫でるのだけは止めろ。怒りはしねえけど……泣きたくなる」
「はーい」
 田上は常日頃から、身長が低いことを気にしている。
 その低い身長が今頭を撫でてきた浮草と比べてどうなのかは、まあ、そこで身長の話が出てくる時点で、という話であろう。
 ちなみにそんな彼を慕う今神は、浮草よりも背が高い。

「お?」
 もう一人の自分が嘆き悲しんでいる頃、そんなことは露とも知らないもう一人の田上は、近所というだけあってあっさり到着した公園に、気になる光景を見掛けた。
 やや遠目で、かつこちらに背を向けていて顔は窺えなかったが、公園の草引きをしているらしい女性がいた。
 平日の昼間ということもあってか、その女性以外に人影はない。
 ――業者さん、じゃないよなあ。あれどう見ても私服だし。じゃあ近所の人が善意でやってるってことなんだろうけど……今時感心な人もいたもんだな。
 とはいえ、業者ではない理由として挙げたその私服姿について、もうちょっと何とかしたほうが良かったんじゃないか、とも。というのも、それが理由で遠目からでも女性だと分かったのだが、彼女はスカートを履いて草引きに臨んでいたのだ。しかも、ロングスカートならまだしも、という装いである。
 ――もちろんそんなもん履いたことねーから知らねえけど、虫とかすげえ足にくっ付いてきそうだよなあれ。それに草自体で切ったりもするだろうし。
 とはいえ、関わりのないことではある。気にせずベンチにでも腰を下ろそうかと周囲を見渡す田上だったのだが、
「あれ、座れるとこなかったっけ? ここ」
 記憶の中ではあったはずなのだが――というのも、田上は生前にもこの辺りに住んでおり、幼少の時分には、時々この公園で遊んですらいたのだ。
 とはいえ大多数の人間がそうであろうと思われるのと同様、年を重ねるほどに公園という場所とは縁がなくなっていき、なので近所と言えども足を運ぶことはなくなっていった――そして今、確かにあったはずのベンチはない。
 しかし、だからといってただただ立ち尽くしているのも躊躇われた。
 ので、
 ――なんか恥ずかしい気もするけど、でもまあ他人の目を気にするのも変な話だよな。無関係の人間にどう見られようが知っちゃこっちゃねえ、って話以前に、幽霊なんだしな俺。
 ということで田上は、ベンチの代わりにブランコに腰を下ろすことにした。小さい頃には座った者の尻の左右にまだ隙間があり、もう一人がそこへ足を差し込んで二人乗りなんかもしていたものなのだが、今ではもうそんな隙間はなさそうだった。
 というようなことを気にする人間であれば、普通は大なり小なりノスタルジックに浸るものなのかもしれないが、
 ――俺もでかくなったもんだなあ。うむうむ。
 田上はただただ喜んでいた。


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