「お?」
何か面白いことはないだろうか、とは言いつつもやはり目的地を定めず適当に歩いていた田上は、しかしここで、その「面白いこと」に出くわした。
いや、「こと」ではなく「人」だったのだが。
その人物について、浮草曰く。
「うわ、なんかすっげえ人がいますよ田上さん」
人に対してそんなこと言える人間かよお前はよ、という田上の感想はともかくとしておいて、
「そりゃまあ、あの人もすげえ筈だしな」
「も?」
筋骨隆々の大男。しかもその形で神主衣装を身に纏い、何故かフライパンを携え、更にはスタイル抜群の黒人美女を連れている――日本中、いや世界中探しても、こんな人物は他にはいないだろう。
「金剛さん! とシルヴィアさん!……でしたよね?」
声を掛けてから自信がなくなる田上だったが、しかしどうやら間違ってはいなかったようで、
「ん? お前はこの間の」
と、こちらに気付いた大男こと金剛から指摘が入るようなことはなく。
ただし、ならば何も問題は起こらなかったのかというとそういうわけでもなく、
「ワーオ! キグーだネー!」
――ぐわああああ!
挨拶が成立するよりも先に、シルヴィアに抱き付かれて口を封じられてしまう田上。
低い身長が災いしたのだろうか、口どころか顔面丸ごと、シルヴィアの胸にすっぽり収められてしまったのだった。
身長が問題になるとしても抱き付くならそれに合わせて屈んだりするだろうとか、それ以前に抱き付いて喜ぶほど偶然の再開が喜ばしい関係ではないだろうとか、冷静であれば思い浮かんだであろうそんな突っ込みは、しかし冷静ではない田上には思い浮かべられない。
どころか、逃れるための身動き一つすらできないでいた。ここで敢えて彼の名誉を尊重するのであれば、それはわざと逃げないでいたという話ではなく、言葉のままの意味で動けなかったのだ。
ただし、それが鬼であるシルヴィアの怪力ではなく、余りにも女性に対する免疫がない田上の精神性によるものだったというところまで言及してしまうと、結局のところ田上の名誉は蔑ろにされているのかもしれない。
視覚だけに限れば、普段から浮草に鍛えられているのだが……と、そんな話はともかくとしておいて。
危機的状況にある田上とは対照的に、金剛がここで呆れたような口調でシルヴィアを窘める。
「それは日本人には刺激が強いといつも言っているだろう」
「オウ。エッヘッヘ、ごめんネ」
――海外でもさすがにこれはないと思うんですけど?
金剛のおかげで開放された田上は、なんとかそれだけ頭に浮かべることができた。頭に浮かべただけで口には出なかったが。
静かに佇む田上の隣へ、浮草がすすすと近付いてきた。
「あれが痴女って奴ですかね」
「鏡とか見たことねえのかお前は」
「鏡? あんまり見ませんねえ、化粧とかしませんし。よっしーも趣味じゃないって言ってましたし――それってつまり、素顔の方が好きってことですよね? でへへ」
「…………」
ともかく。
「ええと、それで金剛さん達、なんでこんな所に? さすがに、この辺もまだ担当の地区に含まれてるってことはないですよね?」
田上が以前金剛たちと会ったあの町から、今いるこの場所――六親が本拠地を構えている町は、随分と離れている。鬼の担当する「地区」というものがどういうふうに区分けされているものなのかは全く知らない田上ではあったが、しかしそれでも、藍田に二つ三つの地区を挟んでいてもおかしくないとは思えるほどの距離である。
すると彼のそんな疑問に対し金剛は、少し考えるような間を挟んだのち、
「……この地区の鬼に会いにな」
と。つまりは田上の想像通り、ここは金剛達の担当からは外れている、ということなのだろう。
「あ、じゃあお仕事で?」
「いや私用だ。で、お前達は? いやまず、そっちの連れは前に会った愛坂なのか?」
明らかに別人である浮草を指して金剛は言う。どういうことかと一瞬考える田上であったが、
――ああそっか、愛坂さんの鬼道のこと知ってるんだもんなこの人ら。
つまり今隣にいる浮草を、他人に化ける鬼道「他人行儀」で浮草に化けた愛坂ではないのかと思われているのだろう。
――なんで俺の方が気付くの遅いんだよ――って言っても、他人に成りすます目的で鬼道使わないもんなあの人。男か女かでしか口調分けてないし、それ以前に誰に化けようがジャージだし……。
と、気付くのが遅れたのを仕方ないとはしつつ、一方でまだ会ったのは二度目、しかも今回については偶然出くわしただけの金剛が、すぐに愛坂の鬼道を考慮してみせたことについては、素直に感心するのだった。
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