まだ人が増えるとなると、さすがに他所へ移った方がいいだろうか。
浮草と行動している田上がそんなふうに考え始めた頃、一方の一人でいる田上は、ブランコに座ったまま考え事をしていた。
考え事といってもそれは、その天辺まで暇漬けにされた頭が自動的に思い描き始めた程度のものではあったのだが。
――強くなってきた、ねえ。
まるで実感はないままなのだが、しかし田上には愛坂のその言葉を、もとい愛坂を疑うつもりは毛ほどもない。
しかし、ならばここで思慮に耽るような問題は何もないかといわれると、実際にそうしている以上はもちろんそんなことはなく。
田上の「強くなりたい」という思いには理由がない。強くなってどうしたい、ではなく、強くなることそれ自体が目的なのだ――もちろん、彼が属する「六親」の視点に立てば、そこに属する個々人の戦力が増すのは歓迎すべきことである。
だが田上は別に、それを目的とはしていなかった。
――ちゃんとした理由になりそうなもんがあんのに、それを無視ししてまで「理由なし」ってのも、我ながら変な話ではあるんだけどな……。
変な話ではあるのだが、しかし彼がここで問題としているのはそこではない。
理由のない、目的としての「強くなりたい」という衝動。どうやらそれはいくらか達成されたらしいというのに、そこに実感が伴っていないのが、今回浮上した問題だった。
――実感がねえから取り立てて嬉しいってわけでもねえんだよなあ。これから先もずっとこんな感じなんだろうか? それとも、本当に真意さんに勝てたら、その時には……?
強くなったという実感が持てないでいる以上、愛坂に勝てるというイメージも上手く持てないでいる田上。であればその時自分がどういう心境に立つかというのも、中々に想像し難いものなのだった。
故にこそ、「今の自分には想像もできない何かがそこにはあるかもしれない」という希望も、持てないということはなかったのだが……。
「すいません」
余りにも薄くて弱々し過ぎるその希望に、彼自身眉間に皺をよせていたところ、すぐ隣から声がした。
位置は隣のブランコかその付近。声の主は女性――恐らくは、掃除をしていた女性だろう。注意を向けていたというわけではないが、他の誰かがこの公園を訪れたような気配はこれまでなかった。
声がした方向へ視線を向けるより先にそこまで頭に浮かべた田上は、その声の主の顔があるであろう高さではなく、まずはその足元へと視線を移した。
見えたのは、掃除をしていた女性のものと同じスカートの裾。そして、その人物はどうやら隣のブランコに座っているようだった。
であればやはり、目が合わないようにしたのは正解だったな、と田上。
この公園内にいるのは自分とその人物の二人だけであり、ならば彼女が声を掛けたのは自分ということになりそうなものではあったのだが、しかしそこで彼が意識したのは、ここにいない誰かと会話をし始めた――つまりは、電話をし始めたという線である。
一応ながら、そんな可能性を考慮した理由もないではない、もしも何かしら赤の他人に声を掛けなければならないような理由があったとしても、隣のブランコに並んで腰掛けはしないだろう、というのがそれだった。
というわけで、隣の女性は電話を掛け始めたのだと決定付けた田上。ならばもちろん、自分に対するものではないと断じたその呼び掛けに応えることはなかったのだが、
「すいません」
二度同じ言葉が繰り返されたところで、あれこれもしかして俺か? と。
田上は顔を上げ、隣の女性の顔を見た。
掃除をしている姿を見掛けた際には後ろ姿で確認できなかったその顔は――しかし、この近距離で向き合っても尚、確認できないままだった。
何故なら彼女の顔は、見覚えのある真っ白な仮面で覆われていたのである。
「あのー、お邪魔になってもアレなんで、俺らそろそろ……」
金剛とシルヴィア、この地区の鬼、そして他にも合流する予定があるという誰か。その中に他人である自分達が交ざるのはどうなのか、ということで、田上は別れを切り出した。
のだが、
「あれ、いいんですか田上さん? 鬼同士が手合わせしてるとこ見られるなんて機会、そうそうないでしょうに」
「いやお前な……」
――そりゃもう、すんげえ見てえけどもよ。
ちょっとは遠慮ってもんを覚えろよ、と話を遮ってきた浮草にはそう言ってやりたくなる田上だったのだが、
「それは何だ、敵情視察ということか?」
と金剛。それはもう背筋が冷える思いをする羽目になる田上なのであった。
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