「い、いえいえ! 全然全くそういうんじゃなくて!」
 敵対したならまず間違いなく勝ち目のない相手であり、そうなる危険を前回、初対面時にせっかく回避した――愛坂に回避してもらった――ということもあり、そして何より、「強いうえに正義の味方」ということで、田上にとって鬼というのは好意的に捉えられる集団である。以上の理由から、慌てて弁明をすることになった田上であった。
 が、
「あー、大丈夫ですよ。この人バカですけどそういう方向性じゃないんで。バカ過ぎてそういう方向に頭使えないっていうか」
 言うまでもなく、浮草であった。
 そもそもこれはその浮草が引き起こした事態であるし、それでいてこの言い様は理不尽にも程があるのだが、それより何より今この場で危惧すべきなのは「これ以上変な事言うなよお前」という点である――が、それを口にすることこそがその「変な事」の最たるものである気がしたので、口にはできないままただただ祈るばかりの田上である。
「冗談だ」
 ふっと口元を緩ませてから、金剛はそう返してきた。冗談だったことはもちろん、浮草が変な事を言い出す前に話が済んだという意味でも、ほっと胸を撫で下ろす田上だった。
「前に一度お咎めなしで帰しておいて、なのに今ここで殊更疑ってかかるというのも、可笑しな話だからな」
 ――そりゃそうかもしれませんけど、いいんですかそれで?
 何故か自分の立場を危うくさせる方向に疑問を持ってしまう田上だったが、とはいえ勿論、それを口にするわけにもいかない。
 というわけでそのまま黙り込んでいたところ、
「それに、今からここには鬼が四人も集まることになるわけだしな。疑うにしても、ここ以上に悪さができん場所もないだろう」
「ナのデ、もしよカッたラご一緒しまセンか?」
 むしろこの場に残るよう誘われてしまうのだった。
 残りたいところを金剛達に遠慮して立ち去ろうとしたのち、浮草からの唐突な誹謗中傷を経て、むしろ金剛達の側から引き留められてしまった――見れば、浮草はニヤついた表情をこちらへ向けていた。
 最早文句を言いたいどころか一発ぶん殴ってやりたいとすら思ってしまうが、浮草はそれすら嘲笑うかのようにニヤついたまま視線を金剛達へと。
「はいはーい、しつもーん」
「何だ?」
「鬼同士で手合わせしたいってことなら、わざわざこんな所まで来なくても、同じ地区の鬼さん達とやればいいんじゃないですか?」
「いや、時々はやってるんだがな。こいつと」
 言って、金剛が叩いたのはシルヴィアの肩。そのシルヴィアは「エヘヘ」と何やら嬉しそうにしているのだが……。
 ――体格差がとんでもねえことになってるけど、大丈夫なのか……?
 そんな感想、もといシルヴィアへの心配をすることになる田上。そこには、自分の相手をしてくれている愛坂が自分と似たような体格だから、というのもあったのかもしれない。
 と、そんなことを考えていたところ。
「ただやはり、たまには自分と同じくらいの体格の相手が欲しくなるからな」
 考えていた通りの話が出てきたというのに、自分の耳を疑うことになる田上だった。
 ――同じくらいの体格? って、金剛さんとってことですか……?
「ンフフー、いイ顔してルねエ」
「そういうリアクションをされる話なんだな、やっぱり」
「あ、す、すいません」
 悲しそうな顔をする金剛を見て、つい素直に謝ってしまう田上。それはつまり失礼な感想を持ってしまったと認めるようなものだったのだが、しかしその失礼な感想、ではなくそれに続くものに捕らわれた田上には、そんなところにまで気を回す余裕はなくなってしまっているのだった。
 ――金剛さんと、その金剛さんと同じくらいの体格してる人の手合わせ。
 ――やべえ、超見てえ。いやこれから見せてもらえるらしいんだけど。
 そうして胸を高鳴らせる田上が金剛達の目にどう映ったのかは定かではなく、なのでそれが関係してのことなのかも定かではないのだが、彼らはここで、時間を気にし始めてみせた。
「それにしても遅いなあいつら。俺達の方が先に着いてるってだけでも遅刻気味だというのに」
「マタ何かヘンなことシてくれルんだよ、きっト」
「してくれる、とは言わんがな……」
 シルヴィアが妙なことを言いだし、それに金剛が眉を顰めてみせる。はて、手合わせをするだけではないということなのだろうか、と田上がそちらを気にし始めてみせたその時、
「はーっはっはっはっはーっ!」
 どこからか――いや、田上達の上空から、野太い笑い声が響いてきた。
 加えて、
「ああああああぁぁぁぁ……!」
 か細い悲鳴も。


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