第四章
「一難去ってまた一難。嫌なことは続くもんだな」



 戦う気がないというのであれば、今すぐこの場を離れるべきなのだろうか。
 何であれ敵であることには間違いない荒田を前に、そろそろそんなことを考え始めないでもない田上であったが、しかし実行には移せないでいた。というのは、先程の隙を見せたくないという話――ではなく、荒田がこの場にいるのは本当に偶然なのかどうか、確かめる必要があったからである。
 そしてその「この場」というのは、この公園を指した言葉ではなく、また田上の目の前という意味のものでもない。
 この公園は、田上が皆と暮らしている家の近所である。つまり、今いるこの場所は、六親の本拠地(と言ってもただの民家だが)のすぐ傍なのである。
「お前、この辺に住んでんのか?」
 田上はそう尋ねた。今日ここで会ったのは本当に偶然なのか、というストレートな物言いは避けた形である。……何だか変な意味に聞こえそうだから、というのもないではなかったのだが。
「仕事で来たと言ったはずですが?」
 小馬鹿にするような口調の荒田だったが、しかし。
「いや、仕事っつうなら余計にだろ。公園の掃除なんて誰でもできそうな仕事、わざわざ遠くに住んでる奴に回さねえだろうし……いやまあ、享楽亭の仕事の割り振り方なんて知らねえから、ただの想像だけど」
「そういう話であれば、部外者に教えられるわけがないでしょう」
「それもそうだな」
 予想はしていたが、すんなり教えてくれるようなことは勿論ないらしかった。が、妙な誤魔化しを挟んできたりしない辺り、本当にただの偶然なのかもな、とも。
 誤魔化しだったとしても今くらいの受け答えなら誰でも出来そうなものではあったが――しかし田上は、この荒田という女について、「口調から受ける印象ほど落ち着きのある人物ではない」という印象を持っていた。それは何故かと言われれば、前回の戦闘の際、その口調が豹変したからである。
 ――もう一人のあの小太りがああいう口調を嫌ってる、とかそんな話だったけど……。
「何ですかその気持ち悪い顔。自分から話し掛けてきておいて」
「いや、気にすんな」
 気持ち悪いという言い方はともかく、おかしな表情をしてしまっている自覚はあったので、その突然の罵倒に対して機嫌を損ねるようなことはなかった。
 もう一人のあの小太りこと、定道智代。荒田に対する彼女の好き嫌いの話を思い出してしまったことでつい、余計な情報まで引きずり出されてしまったのだ。荒田と定道は、女性同士でありながら恋人同士でもあるらしい――と、いう。
「そちらこそどうなんです? どうして一人でこんな所に?」
 気にすんなという言葉に従ってくれた、というわけではないのだろうが、ここで話題を修正してくる荒田。田上としては有り難い話であった。
 し、そしてそれは予想できた反応でもあったので、予め回答も用意してあった。
「昔この辺に住んでてな」
 今も住んでるけど、とは言わない。
「小さい頃はこの公園にもよく来てたんだけど、座るとこなくなっちまってるなんてな……子ども連れてきた親とかどうしてるんだろな、ここに来たら」
 おかげでこの年でブランコなんかに座ることになってしまった。
 しかも、何故か敵である女と並んで。
「知りませんけどね、そんなことは」
 荒田からは当然、そんな返事が返ってくる。思い出話に乗られても困るので、それはそれで良いのだが。
「まあ、要するに暇だったってことだよ。幽霊なんて殆どそうだろうけど」
「暇だというなら働けばいいじゃないですか。私達みたいに」
 ――戦闘の可能性への対処も含め、ここまでは冷静に対応してきた田上であったが、
「……ああ?」
 新たのその言葉に、その冷静さが揺さぶられてしまう。
「ふざけてんのかてめえ。入社試験中だか何だか知らねえけど、実際に享楽亭に入っといてそこがどういうとこか知らねえ、なんてこたねえだろ」
「別に同じ所で働けと言ったわけではありませんが……そういえば、貴方がたは享楽亭をご存じなんでしたね」
 この公園の掃除について話をしていた際にも享楽亭の名前は出ていたので、ともすればそれは馬鹿にした言い回しにも取れないことはなかったのだが、しかしそういうわけではないのだろう。
 田上達が享楽亭のことを知っている、ということは、今回だけでなく前回会った時にも――会った、で済ませるような事態でもなかったのだが――話題に上ったことではある。ただ、「どこまで知っているか」は未だ話したことがなく、なので直接そう言ったわけではないにせよ、「殺人も業務に含んでいることを知っているらしい」というのは、荒田からすれば今初めて出てきた情報ということにはなるのだろう。
 もちろん、前回会った際にはそれを全く想定していなかった、なんてことはないのだろうが……。
「ああ、よく知ってるよ」
 ――真意さん以外の全員が、お前らに殺された人間の集まりなんだからな。六親は。


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