「えー、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたが……」
 安藤と呼ばれた大男の腕から降ろされた少女は、その言葉通りに恥ずかしそうにしながらも、自分から口を開き始めた。
「初めまして。私、華道といいます。見掛けはこんなのですが、この地区で鬼をさせてもらってます」
 先に話に出ていた華道という人物はやはり、彼女のことであるらしかった。が、それで不可解さが解消されるわけではない。どころか、なんであんなことを、と疑問が深まるばかりである。
 ちなみに、自分の外見に対して「こんなの」と言って退けた華道であるが、確かに随分と小柄に見える――尤もそれは田上が言えた義理ではなかったし、何よりもいま彼女の隣に立っている大男のおかげで、その小柄だというのも強調されてそう見えているだけなのかもしれないのだが。
「あ、鬼って分かります?……分かりますよね、シルヴィアさん達とご一緒してらっしゃるんなら」
「あ、ああ、はい。大丈夫ですその辺は」
「それは良かったです」
 言って、にっこりと微笑む華道。それは見た目にそぐう少女らしさを纏うものではあったのだが、しかし次の瞬間、その微笑はにっこりからニヤリへと変遷する。
「では次に紹介するのはこの方! 我がパートナーにしてなんか勝手に弟子を名乗ってくれちゃってる――!」
「アンドレーイ・ジャイアーント !」
 ――…………??
 急に高まったテンションはもとより、そこにまるでマイクでも握っているかのような身振りを添える華道と、そんな彼女からの紹介に預かりマッスルポーズを決めてみせるアンドレイ、ではなく安藤に対し、どうしたらいいか分からなくなる田上。
 活路を求めて周囲の人々に目配せをしてみても、浮草はいつも通り興味なさそうにしているし、金剛は俯いてしまっているし、シルヴィアは「イエーイ! カッコイイー!」とノリノリだったので、SOSは誰にも届かず仕舞いに終わってしまうのだった。
 しかし有り難いことに、こちらの反応を待つことなく事態は沈静化に向かう。元から声が大きい安藤はともかく、どうやら華道は満足してくれたようだった。
「はい。というわけで、アンドレイ・ジャイアント こと安藤礼司さんです」
「ふはははは! そういうわけでよろしくな少年少女よ!」
「あ、ああ、はい」
 幽霊は年を取らないんだから、見た通りの年齢とは限らないんですけど――などという指摘ができるようになるまでもう少々の時間を要した田上は、なので勢い任せに宜しくされるがままになってしまうのだった。
 が、すると安藤、首を傾げてみせると妙なことを言い始める。
「おっといやいや、これは失礼。少年少女に見えて実は少年少年、なのだったな」
「へ?」
 それはつまり……浮草が男だという話なのだろうか?
 ――え、なんでそんな話に?
 平然と話す安藤の隣では華道が凄い顔をしていたが、困惑度合いでは田上だって負けてはいない。本人としては負けておきたいところではあったのだろうが。
「う、浮草?」
「逆の話なら家でよっしーとしたけど……ふふふ、もしそうだったらよっしービックリするかなあ」
 ――笑うとこじゃねーだろお前はよ。あとどんな話してんだよあんま詠吉困らせてやんなよいい加減よ。
「ああ、やはり勘違いしていたか」
 金剛だった。いつものことながら浮草がまるで頼りにならず、したところで脱線した話を延々続けられるのは目に見えていたので、田上の期待は彼へと集中する。
「説明が遅れたがな安藤、今日会う予定の二人とこの二人は無関係だ。さっき偶然ここで出くわしただけでな」
 ――ああ成程、そっちの人達と勘違いされてたのか……っていやいや、だとしても変でしょ。さっきの言い方だと、今ここにいるのが浮草だからとかじゃなくて、最初から女に見えるのが想定されてる男って感じでしたよね? 女装してる人でも来るんですか? この後。
「む? そうなのか。では会う予定だった二人はどうしたんだ?」
「それがまだ到着していないようでな。二人でいて道に迷ったということもないだろうが」
 ――うーん、金剛さんはここにいてもいいって言ってくれたけどなあ……。
 既に済ませた話ではあるのだが、まだ見ぬ二人の来訪が話題に上がると、やはりまたそのことが気になってしまう田上。とはいえ現にここに留まっている以上、同じ話を繰り返す気にはならないのだが。
「あー成程、シルヴィアさん達の他にも会う予定の人がいたんですね!」
 とここで華道、何やらご立腹の様子で安藤に詰め寄る。と言ってもとてつもない体格差のある二人なので、緊迫感はまるでないのだが。
「予定と違う人達だったみたいですけどそれ関係ないですよね! そもそもシルヴィアさん達の他に誰かと会うってこと、知ってたんならなんで言ってくれなかったんですか!? 知ってたら私、あんな……!」
 とまで言って、こちらを窺ってくる華道。直前までの勢いはどこへやら、その表情は恥ずかしがっていた時のそれである。
「ああそうそう、田上さん。さっき言いそびれた話ですけど」
「な、何だよ?」
「多分マゾですよあの人」
 浮草の頭を力いっぱいひっぱたく田上であった。


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