「つまり師匠はヒールレスラーというわけだな!」
「本人がレスラーやってるわけじゃないだろう、あいつは」
 華道の名前の件については、本人の意向に捉われず、というかいっそ無視して前向きに捉えているらしい安藤だったが、しかしそもそもヒールレスラーというのは褒め言葉足り得るのだろうか、という疑問が湧かないでもない田上。そもそも彼にはプロレスの知識など皆無なので、湧いたところで考察のしようがないのだが……ということで、疑問というならそんなことよりも優先すべきことがあった。
「で、その華道さんの鬼道ですけど、使う前に言ってたことからして、本人だけじゃなくて他の人も空中を走れるようにできるものなんですか?」
 ただ走るよりも速い移動方法がある、と言っていた華道。結局は走っているのだた、という点は置いておくとして、たまたま浮草が同行することになったから問題はなかったものの、その移動方法を実践できるのが華道一人だけではあまり意味はなかったことだろう。
 というわけで、
「その通りだ!」
 と安藤。
「正確には『透明なブロックを好きな場所に作る』というものだからな! 場所さえ分かれば誰でも走れるぞ!」
 ――なるほど、そのブロックで道を作ったってことか。最初に空から降ってきたのもそれなんだろうな……いやまあ、振ってきたんじゃなくて技を掛けてたってことらしいけど。
 ――で、そういうことなんだったら。
「なら、俺らも一緒に行かせてもらえばよかったんじゃあ?」
 そもそも最初はそういう話だった筈なのだが、現状はこれである。
「ふはははは! 師匠はすぐテンパるからな!」
 ――まあ、いきなり露出狂みたいな奴が現れたらそうもなるか……。
「連れが一緒だし、大丈夫だとは思うんですけどね」
 問題になった人物のおかげで大丈夫、というのも変な話だったのだが、そういうことにしておかざるを得ない田上であった。

 ――なんでコイツだけ寄越したんだよ何やってんだよ俺ぇ! 何か知らない人もいるし!
 何処から飛んでくるかと空を見上げていた田上は、発見した浮草が誰かを連れており、そしてそれが自分ではないことについて、まずはそこにいない自分への悪態を吐くところから入るのだった。
「あ、また誰かぅわぁ!?」
 田上に次いで浮草を発見したのは、つい先程暴走する自動車から助けた少女。彼女はまず、浮草の恥じらいも何もあったものではない登場の仕方に驚きの声を上げる。
 そんな彼女を見て田上は、そりゃあ確かに目の毒だろうけど女同士でそこまで? と、その様子に違和感を持った。
 のだがしかし、次いで浮かんだ疑問がそれを塗り潰す。
 ――あ、そういや女同士ってことならこっちは?
「ちっ」
 こっち、こと荒田は、浮草を見上げて舌打ちをしていた。
 はてその反応はどういうことなんだろうか……などと、呑気なことを言っていられる状況では、しかしないのだが。
「おーい田上さーん、ついさっきぶりー」
「ややこしい挨拶はいいから取り敢えず早く降りろ浮草! あとその後ろの人誰だ!?」
「ああ、なんかこの地区の鬼さんらしいですよ?」
 特に急く様子もなくゆっくりと降下してきた浮草は、非常に軽い調子でそんな唐突極まる情報を告げてきた。無論それは、こちらの田上にとっては初耳となる話である。
「はあ!? 鬼って……とうとうなんかやらかしたのかお前!?」
「やだなあ、そんなわけないじゃないですか。あたしがよっしー以外の誰に何をする必要があるっていうんです?」
 その発言自体がやらかしの範疇に収まってしまう気がしないでもないのだが、とはいえそれは確かにその通りである。なんせ悪事を働くどころか、田上の散歩に同行すると言い出しただけで驚かされるような人物なのだから――と、こんな点で信頼を寄せたくはないものだが。
 なんであれ問題がないというのならばそれはさておいて、その「この地区の鬼さん」である。明らかに浮草の鬼道とは別のもので、まるでそこに階段があるかのように空中をこつこつと歩いて降りてきたかと思うと、
「ちらっとだけ分身とは聞いてましたけど、本当にそのまんまなんですね」
「ああ、ってことはやっぱりあっちの俺が浮草をこっちに寄越したって話なんですね」
 ――それで何があったら鬼さんが一緒に来る、なんてことになるのかはさっぱりだけど……あ、ってことはそうか、荒田が嫌そうな顔してたのは浮草じゃなくてこっちの鬼さんの方か。
 今は公園の掃除してただけだけど悪さすることもあるわけだし、と、一度その悪さの対象になってしまったことがある田上は、案外呑気にそんなふうに考える。気分を悪くするどころか、いっそ「いい気味だ」などという感情も浮かばないではなかったのだが――しかし。
 ――あれ、でもこれってちょっとマズくねえか……?

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