「で、あの、ということはそっちの二人も?」
――ん? 何が?
他のことに気を取られていた田上は、華道――こちらの田上はまだその名前を知らないが――の、その言葉を即座に解することができなかった。
のだが、
「いや、ただ似てるだけの親戚ですけど」
「い、従兄弟です……」
と、その「そっちの二人」自らがそう答えたところでようやく理解が追い付いた。要するにそこのそっくりな少年少女も田上が鬼道で増やしたのではないか、という話。
「ああ、俺の鬼道は俺だけが対象なんで」
「不便ですよねえ」
そもそもそうだったとして、服が違うのは着替えれば何とかなるとしても性別が違うのは何なんだ――なんて思っていたところ、浮草が茶々を入れてくる。
「不便って……いや、他人を分身させられたら、なんて今まで考えたことなかったけど」
なかったが、しかしそう言われてすぐに思い付くことがあった。相手が浮草だから、という点
「出来てもそんないいモンじゃねえだろそれ」
「そうですか? もしよっしーが二人三人いたら、あたし的には天国ですけど」
「お前が二人三人いたらどうだよ」
「あー、よっしー巡って殺し合いですねえ」
「だろが」
……と言ってから、いや何言ってんだよお前は、とも。
「あ、あはは……」
冗談だと受け取ってくれればいいのだが、華道、そして僕っ娘少女は、苦笑いを浮かべていた。一方で少年、そして荒田は、睨むような視線をこちらへ向けている。
浮草がそれに気付く。
「それで田上さん、こっちの綺麗なお姉さんはどなたで? 浮気ですか?」
――ここで何があったかより先にそれ訊くかよお前はよ……いや、お前ならそりゃそうか。
呆れと納得を同時にさせられた田上は、しかし浮草の質問より先に、しなければならないことがあった。
「すまん。こいつ彼氏以外の人間、というかありとあらゆるものに興味ねえ奴だから、今言ったことにも悪意はない筈だ」
「……その割には、たったいま貴方の話をしたように聞こえたのですが」
荒田は今、仮面を外したままである。ならば今の浮草の言葉は、皮肉と取られても仕方のないものであった。
その割には――荒田の方こそその割には、冷静な受け答えをしてきたものだったが。
「貴方がその彼氏、というわけでもなさそうですし」
都合がいいとはいえ意外に思わされていた田上はしかし、続けて向けられた荒田のその一言で、すっかり頭を切り替えさせられる。
「想像すらしたくねえ話だな……俺のことはまあ、その彼氏の付属品、程度には思ってくれてるみてえだな」
どの道モノ扱いなので「思ってくれてる」も何もあったものではないのだが、浮草の人となりを知っていれば、それですらも有り難い話になってしまうのだった。
負けはしないにせよ、殺す気で襲い掛かられて全く平気でいられる、というわけではない。
「ふっ、大変そうですね」
浮草の皮肉めいた言葉をあっさり聞き流した荒田はここで、その代わりのように田上へ皮肉めいた笑みと言葉を投げ掛けてきた。それにしてもやはり田上が荒田に持つ印象からすれば随分と大人しいものだったが、とはいえやはり無関係の他人、特には鬼の前で目立つような行動は取りたくなかった、ということなのだろう。なんせ今のこの状況自体、荒田が享楽亭の一員であることを田上が黙っていることで成り立っているという、少なくとも荒田自身からすれば信用性の欠片もないであろうものなのだから。
……と、それについてはそういうことにしておいて。
「んで浮草お前、浮気って何だよ浮気って。その元になる正当なお付き合いをさせて頂いている女性というものがいらっしゃらないだろ俺にはよ」
「あらあら、そういえばそうでしたね。おかわいそうに」
「ぶっ飛ばすぞお前……」
と言ってはみたものの、こちらがぶっ飛ばすまでもなく自力で飛んでしまえるのが浮草だったりもするのだが。
で、その話も済んだところで次である。
――なんでこんな忙しいんだ俺。
溜息を交えつつ、田上は荒田に歩み寄り、小声でこう伝えた。
「なんか鬼さんまで来ちまったけど、お前のことはこのまま黙っとくから」
ここまでの立ち振る舞いからわざわざ言わずともそのスタンスは伝わっていたことだろうが、とはいえ一度明言するくらいはしておくべきだろうと、田上はそう判断した。
「…………」
荒田から返事はない。この場で問答などすべきでないというのは勿論あるのだろうが、何よりも田上の意図を量りかねているのだろう。
「お? 何ですかいちゃいちゃしちゃって」
「これくらいでいちゃいちゃってお前――いや、お前らからすりゃそうなるのか……」
ただ二人でいるだけで、何をするというわけでもない。それが浮草と今神の付き合い方である。さすがに田上も、それはその二人が特殊なだけだということくらいは理解しているのだが。
何故かえへんと胸を張ってみせる浮草をさておき、これでようやく、本題の前に済ませる話は済ませられたことになる。浮気云々は余計だった気もするが、その話を持ち出した浮草自身が余計な人物だったりもするので、いつものこととして流しておくことにした。
で、ならばやっと本題に入れることになるのだが、
「あのう、すいません」
申し訳なさそうに声を上げたのは華道。
「あ、いえ、すいませんこっちこそ関係ないことを長々と」
彼女が何を言おうとしたのかは、皆まで言わずとも知れたことだろう。なんせ彼女らが到着してから今まで、ここで何が起こったのかを全く説明していないのだから。
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