「ええと、こっちのそっくりな二人がですね」
「車に轢かれそうになったとこを助けてもらったんですよ。この人達に」
 さらりと切り出す内容ではない筈なのだが、相変わらず何の気後れもなく説明してしまう少年。代わりに説明しようとし、そのうえで慎重に言葉を選ぼうとした田上ばかりが気を揉んでいる形である。
 本当に何なんだこいつらは――と、気を揉むついでにそんなふうにも思わないでもない田上だったが、とはいえ話は続けねばならないだろう。
「それで俺が鬼道を使ったんで、位置がもう一人の俺……そっちに伝わったってことなんですけど、でもまあ残念ながら、俺については役立たずな結果に終わったっていうか」
 肩を竦めてみせる田上だったが、しかしそれを聞いた華道は、この一件で助けられたというそっくりな二人を見遣って首を傾げる。
「役立たず? って、でも二人とも無事みたいですけど」
「ああ、実際上手くやったのは俺じゃなくてこいつで――」
 鬼に対して荒田を紹介するのは気が引けるところだったが、とはいえこの状況でその部分をスキップするわけにはいかない。不安がないわけではない中仕方なく話し始める田上だったが、しかしその直後、その不安を増大させる問題に直面する。
 ――あ、やべえ。鬼道の内容に触れたら浮草にこいつが誰かバレちまうんじゃあ?
 以前荒田と定道に襲われた際の話を六親のメンバーに伝えていた田上は、ならばもちろん、二人が使っていた鬼道の話も伝えていた。水を操る鬼道を持つ、女の修羅。当てはまるのが荒田しかいないということもないのだろうが、とはいえ同一人物である可能性は誰でも考えることだろう。
 少年と少女この場にないのならばともかく、そうでないのに少女を助けた荒田の鬼道を話題に挙げないというのは、どうやっても不自然になってしまいそうである。どうすればよいのかと焦る田上だったのだが、
「あれってやっぱり鬼道ですよね? 透明な硬い何かで僕を掴み上げて、助けてくれたんです」
 田上に代わるようにして説明を始めた少女は、自分を助けた荒田の鬼道を、水を操るものだとは認識していないようだった。
 ――そうか。あんなガッチガチで丈夫なもん、何も知らなきゃ水だなんて思うわけねえか。出所がペットボトルだったことなんて見てる余裕なかっただろうし……いいぞ僕っ娘!
 思い掛けない少女のファインプレーに喜ぶ田上は、喜びついでにもう一つ、
 ――それこそ気にしてる余裕がなかっただけかもしれねえけど、俺も一緒に助けられたこと言わないでくれてありがとうな!
 とも。元々は助けに入った側であり、幽霊であり、しかも鬼ですらあるのに助けられる側になってしまったというのは、多少ながらも気恥ずかしい所ではあるのだった。
 といったところで、少女に続いて少年からも説明が。
「別にそっちの増える人がヘマしたってわけでもないですけどね。俺はそっちの人に助けてもらったわけですし……と言っても俺、幽霊なんですけど」
「あ、僕だけ幽霊じゃないです」
「ふむふむ……修羅が二人、幽霊が一人、一般の人が一人と……」
 二人の話を聞いた華道は、いつの間にか取り出していたメモに情報を纏めているようだった。
 ――当事者がこんなこと言うのもなんだけど、幽霊だとか修羅だとか、こんな淡々と処理されるっていうのも変な感じだなあ。
 彼女の様子を見てそんなふうに思っていたところ、
「で、二人を轢きそうになったっていう車は?」
 視線を落としていたメモから顔を上げつつ、そう尋ねてくる華道。その途端、田上に憤りが込み上げてきた。
「それがその車、止まりもせずに逃げやがったんですよ! 運転手の顔とかナンバーとか見る余裕なかったし、あんにゃろう……!」
 思えば二人を助け、ついでに自分も助けられた直後は、顔やナンバーを見る余裕もなければそもそも怒る余裕もなかった。故にこその、ということになるのだろうか、間を置いた分むしろ増幅されたかのように激しく苛立つ田上だったのだが、
「あ、いえ、いつものことなんで。あはは……」
 弱々しくながらも、少女は笑ってそう言った。
 ――いつものこと?
「な、なんだそりゃ? そうそうあることじゃねえだろ、車に轢かれそうになるなんてこと」
「誰かに付け狙われているということですか?」
 呆気にとられるばかりの田上に対し、華道はしっかりと仕事を姿勢を見せてはいるが、とはいえやはり、その表情には怪訝そうな色が浮かんでいる。
「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど」
「単についてねえってだけですよ、コイツは」
 華道の問いを二人揃って否定する少年と少女だったが、少女はともかく少年の方は、その言い方にどこかトゲがあるようだった。
 彼についてはこれまでにも同じような態度は見られたものの、しかしそれらは「いきなり現れた二人組の修羅」という不審極まる相手に対するものであって、今のように少女へ向けられたものではなかった筈なのだが。
「それに付け狙われてるってことなら、車とは別件でちょっと」
 少年はそのまま、また妙な話をし始める。が、
「え、今その話する? 金剛さん達と合流してからの方がいいんじゃ……」
「ん? 今日会う予定の『こっちの鬼』って、じゃあこの人のことなのか?」
「いや、それは僕も分からないけど……」
 少年の話を遮った少女が、しかしこれまた妙な話をし始めてしまう。
 金剛といえば、灰ノ原と同じ地区で会った巨漢の鬼もそう名乗っていた。灰ノ原と知り合いであるらしい彼女らが金剛とも知り合いだというのはそう不自然なことではないし、そもそもつい先程、神主衣装の鬼が云々、という話もしていたところである。名前だけならともかくその奇異な格好まで合致しているのなら、少女の言う「金剛」という人物があの鬼であることは間違いないのだろう。
 が、その別の地区の鬼がどうしてこんなところに?
「分かりました!」
 頭に疑問符を浮かべるばかりの田上の横で、華道は状況を飲み込めたようだった。曰く、
「わけわかんないので皆が来るまで待ちます! 金剛さんもシルヴィアさんも、あと増えてる田上さんとついでに私のパートナーも、今こっちに向かってる最中なので!」
 飲み込んだと言っても、咀嚼なしでの丸飲みだったようだが。
 そして、それはともかく。
 ――話の流れからして、今話に出た中で俺以外の三人は全員鬼だよな? ってことはつまり、この人も含めて鬼四人がここに集合するってことで……何でそんなことになってんのか全く分かんねえけど、大丈夫かこれ?
「ああそうそう、田上さん」
 これまで大人しかった浮草がここで動いた。
「な、何だよ?」
 まだ何か厄介毎が増えるのかと身構える田上だったが、そんな彼の耳元へ顔を寄せた浮草は、
「あの鬼さん、マゾですよ」
 と。
「……?…………?」
 リアクションすら取れなかった。


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