第五章
「宝の持ち腐れ、ですね。そのまま腐り果ててくれれば良いのですが」



 
 華道の投げ遣りな発言、そして何故かその華道に関する下世話な情報を重ねて何故か浮草から得てそう時間も経たないうち、田上は遠目にこちらへ向かってくる四人の人影を発見した。
 もちろんそれはつい先程華道が言っていた四人なのだろうし、田上はその四人のうち三人には会ったことがある――どころか、うち一人は自分自身である――のだが、しかしそれでも、
「なんだありゃあ」
 と、そんな言葉がつい漏れ出てしまうのだった。
 端的に言えばそれは、馬鹿デカい男が二人いる、というだけのことではあるし、繰り返すことになるがそのうちの一人は先に会ったことがある人物である。だが、一人と二人では全く話が違った――非日常的なものが非日常的であるまま、しかし「ただ一つだけの特例」ではなくなってしまった……。
 果たして、二人並んでいてもそれは、「人並み外れた」ということになるのだろうか?
「なんでしょうねえ、あのすんごいちっさい人」
「お前ほんとマジでいっぺんぶん殴るぞ」
 思えば自分も逆の意味で人並み外れていた、という嫌な現実に引き戻されたところで、
「よう俺」
「おう俺」
 田上は田上と邂逅した。
 今この場ですべきことは、ここで起こったことを今到着した四人に説明することである。が、とはいえやはり、同一人物二人が顔を合わせている状況というのは人の目を引くのだろう。誰が何を話し始めるでもなく、皆揃って二人の田上の方を向いていた。
 視線が集まるのを気恥ずかしく思うのは勿論なのだが、だからといって特別何があるというわけでもないことを申し訳なく思ったりしないでもない田上。ここで何があったかを説明する必要すらなく、あとは一人に戻ってしまうだけなのだが……。
 しかしその直前、周囲を窺うような様子を見せたのは、向こうからやってきたほうの田上。どうやら、初めて見る顔が気になったようだった。
 とはいえそこはやはり自分、一人に戻れば記憶が統合されることは当然把握しており、なので「あれは誰だ」などと説明を求めるようなこともないまま、黙って一人に戻った――が、その途端。
「うおおおおおっ……!」
 一人に戻り、二人分の記憶が統合された田上は、頭を抱えて苦しみ始めた。
「ど、どうしたんですか?」
 驚いたのは皆同じだったことだろうが、真っ先に動いたのは近くにいた華道だった。
「自分が複数いるっていうのは、やっぱり無理があったりするものなんですか?」
 さすがは鬼ということなのか、初見かつ唐突な事態に対し、それが実情に沿っているかどうかはともかく、尤もらしい可能性をさらりと挙げてみせる。ただ、田上の今の様子もあってということなのか、尋ねた相手は田上本人ではなく浮草だったが。
「そんな頭良さげな問題、その人とは無縁ですよ」
 ――言い切りやがったなてめえ。
 とはいえ、残念ながらその通りではあるのだが。
 ――そりゃあ顔のことには触れにくいにしても、だからって「お、なんか綺麗な姉ちゃん連れてるぞ」じゃねえよ俺……。
 白い仮面の女、という個人の特定が容易に過ぎる特徴を浮草から隠すため、荒田に仮面を外させた田上だったが、それがもう一人の自分にも効果を発揮してしまった形である。
 それはそれで華道が言った「自分が複数存在することにより生じる無理」ということにはなるのだろうが、しかし同時に、浮草の言う通りでもあるのだろう。とてもこれを、頭良さげな問題、とは言えまい。
「何でもいいですけど、話を進めてもらえませんか」
 荒田だった。実情を知れば「何でもいい」などとは言っていられないだろうが――というのはともかく、彼女の素性を考えれば、四人もの鬼が集合しているこの状況は、一刻も早く退散したいものではあるのだろう。
「分かった、大丈夫だ」
 とても大丈夫ではなさそうな台詞だったが、田上としてはそう言っておくほかない。と、そういうわけで、
「えー、もういいのか? いいんだったら安藤と華道、そこの二人が今日会わせようとしていた奴等だ」
 事ここに及んで未だこの場で何が起こったのかの説明は成されていないのだが、それよりも自分の用事を優先させる金剛。被害といえば少年の服が多少破けた程度ではあるのだが、しかし何かしら起こったことは確実である以上、少しくらい心配してもよさそうなものだが――と、ここに来る前の金剛の様子を記憶として得たこともあり、田上はそんなふうに思わないでもなかったのだが……。
「うははは! 本当にそっくりだな! うむ、宜しくな二人とも!」
 気さくに、と表現するには少々音量が大き過ぎる気もしたし威圧感もたっぷりだが、少年と少女へ向けて軽く手を上げてみせる安藤。しかしそこへ、
「いやいや、そんな普通に挨拶してる場合じゃなくてですね。事故ですよ事故、車に轢かれそうになったんですよこの子達」
 と、田上の意に沿う突っ込みを入れてくれたのは華道。どうにも自分からは言い出し難かった田上としてはほっとする展開だったのだが、
「なんだ、またかお前ら」
 慌てないどころか、呆れたように言う金剛。そして、
「……いや、お前らと言うべきか、お前と言うべきか」
 とも。
 ――何なんだこりゃ?
 田上は、困惑させられるばかりなのだった。


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