呼び出したばかりの三人の分身だけが動く。
 最前面に位置した一人が小さく飛び上がり、空中で背後の二人に靴底を向ける。
 背後の二人は左右対称の動きで各自その向けられた靴底を片方ずつ掴み、掴んだ腕をそのまま思い切り後ろに引きつつ前方へ数歩のステップを踏んだのち――。
 四人の田上全員が睨み付けたままの前方へ目掛け、最前面の一人を二人掛かりの全力でぶん投げた。
 ――間に合えええええ!
 その時、一体何が起こっていたのか。
 彼の、いや彼らの前方では今まさに、間違いなく住宅街で出してはならない速度を出した乗用車が、見知らぬ少年少女の二人組目掛けて突っ込もうとしていたのだった。
 もちろんそれより以前に車の音には気付いていたらしく、通常より顕著に道の端へ身を寄せている二人だったのだが、車の方はまるで狙ってそうしているかのようにその二人の真後ろを猛進している――道路に面した住宅の塀に接触していないのが、むしろ奇跡的なくらいである。
 ……鬼道によって増殖した田上達は、意識を共有したりしているわけではない。ので、轢かれそうな二人に手が届くか否かの判断が正確にできるのは、その助けるべき二人に最も近い田上、つまりは二人の田上にぶん投げられた田上のみであった。
 そして、
 ――手は届く! けど――!
 言うまでもなく、二人を助けるためには手を届かせるだけでは足りず、もうワンアクション必要になってくる。着地して二人を拾い上げて、なんてことをしている余裕は間違いなくないので、投げ飛ばされた勢いのまま、二人を突き飛ばす他ないだろう。
 代わりに自分が車と接触することにはなるかもしれないが、しかしそこは霊体の身。車についてはすり抜けてしまえばいいし、万が一それが上手くいかずとも、轢かれたところでこれ以上死ぬことはないのだから。
 故にここでの問題は、二人を突き飛ばすのが間に合うか否かであった。
 今更そうしたところで手遅れではあるのだが、やはり車の側に速度を落とす気配はない。コンマ一秒でも衝突までの時間が遅れれば、と思わずにはいられないところだが、当の田上にはその暇すら――。
 ――届いた! まず一人!
 二人が並んで歩いていた以上、それは十センチもあるかないかの差だったが、まずは田上から近い側にいた少年が突き飛ばされ、車の進路から外れる。
 そして次、もう一人の少女。
 ――間に――合わねえ!
 地に足を付けないまま少年を突き飛ばすというのなら、当然その後の移動方向はいくらか逸れる。それは考慮出来ていたのだが、しかし移動の勢いが削がれることまでは考慮出来ていなかった。……いや、可能な限りの全速力、もとい全投力を発揮しての結果なので、考慮出来ていたとしてもこれ以上はどうしようもなかったのだが。
 手は届くのだ。
 が、突き飛ばす時間と勢いが足りない。
 それを察した田上は咄嗟に手を引っ込めて少女に身体ごと密着し、せめて自分の身を盾にするという選択を取った。が、効果のほどは全く保証できないうえ、上手く少女と車の間に挟まれる形になれるかどうかも分からない。
 あとはもう運を天に任せるしかない、と半ば諦めに近い心境で目を閉じた田上だったが、
「うおっ!?」
 運を任せたはずの天に、身体ごと引っ張り上げられたのだった。
 ということを把握できる余裕がある時点で既に車との接触は回避できたらしいのだが、はて、一体何がどうなったのか。
 驚きで見開いた眼を、そこから数拍置いてようやく自分の状態を確認するように動かしてみたところ、田上は庇おうとした少女ごと見覚えのある透明な物体に包み込まれ、その状態で宙に浮かんでいたのだった。
 そしてそれが誰の仕業であるか、という考えるまでもない問いの答えが頭に浮かぶ頃には、件の暴走車量はもう、走り去ってしまった後なのだった。

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