「ああ、いいんですいいんです。よく言われるんで」
 初対面の華道に対していささか、どころでは済まされないレベルで失礼な物言いをした浮草。そんな彼女の頭をひっぱたいた田上へ、しかし華道は宥めるようにそう言った。
「まあ似たようなものだしな!」
 そう言ってガッハッハと豪快に笑うのは安藤。似たようなもの、ということはつまり違うということなのだが、遠回りながらもそうして浮草の発言を否定した――というつもりが本人にあるかどうかは別として――安藤に対し、
「誰のせいだと思ってるんですかぁ!」
 華道は不機嫌そうにしてみせるのだった。
 がしかし、安藤の笑顔はびくともしない。
「誰のせいかと言われれば俺のせいだが、俺としては『俺の為にそうなってくれた』と言い変えたいところだな!」
「ふんぐぐぐ……!」
 事情は不明ながらどうやら安藤に反省の色はないらしく、そしてそんな彼の言葉を、憤りこそすれ否定はしない華道なのだった。
「あー、言い合うより先に説明してやったらどうだ」
 とここで、置いてけぼりな田上達を気遣ってくれたのは金剛。田上からすればもちろん有り難い話なのだが、しかし申し訳なくもある――浮草がこの話に一切の関心を持っていないであろうことも含めて。
 しかしこちらのそんな事情には気付く由もなく、「そうだな!」と安藤。それは同時に説明役を引き受けたということでもあるのだろうが、しかし先のどうにも噛み合わない遣り取りからして、華道本人に任せなくて大丈夫かなあ、と心配にならないでもない田上であったが、果たして。
「まず、師匠はプロレス好きでな! だから俺が師匠を師匠と呼んでいるのはつまり、プロレスの師匠というわけだな!」
「あ、その、知識があるだけで経験があるってわけじゃないんですけどね……」
 体格を原因として、ということなのだろう。言及こそしなかったものの、自分のその小柄な身体を手で撫で付けながら、力ない笑みを浮かべる華道であった。
 がしかし、一方の安藤の勢いに陰りはない。
「自分で言うのもなんだが、俺は覚えが悪くてな! だからさっきのように技が上手くいくと、教える側の立場である師匠は喜ぶというわけだ!」
 というような話になってくるとそれは、田上が好む話題になってくるのだが、しかし残念ながら田上にはプロレスの知識が全くなかったので――安藤の言う「上手くいった技」とやらも、ただ華道を小脇に抱えて落下してきただけにしか見えなかった――ので、どうにもコメントはし辛いところなのだった。
 が、プロレスと関係しない部分についてならば話は別である。
「でもそれって、華道さんが受けることないんでは? 誰か他の……それこそ今から、金剛さんと組み手するっていうんですし」
 金剛ならば大丈夫、というわけではないのだろうが、それにしたって華道では安藤との体格差が凄まじ過ぎた。幽霊である以上、最悪の事態にだけはなりようがないにせよ、危険なことに変わりはないだろう。
「ああ、それはそうなんですけどでも」
 答え始めたのは華道だった。
「金剛さん達とはそんなにしょっちゅう会えるわけじゃないですし、この地区の他の鬼達はみんな常識的な体格なので……ええと、あとですね」
 ……何やら必死になっているように見えなくもなかったのだが、しかし田上、取り敢えずここは黙って話を聞くことにする。
「好きで色々教えている身としてはとても悔しい話なんですけど、ただでさえこんな見た目からしてパワフルな人が、しかも鬼になって更にパワーアップしちゃうとですね――技がどうのこうのなんてより、全力でぶん殴った方が話が早いんですよね……」
「ああ……」
 それは非常に共感できる話であった。
 田上とて常日頃から愛坂と魂蔵に教えを請い、技術を高めている身である。安藤とは違い体格には恵まれていないが、しかしだからこそ鬼、いや修羅になることで得た力の大きさは身に染みていた。
 そこいらの女性よりも背が低いような自分ですら、大男を軽く捻れるような怪力を得てしまった――故にこそ、何の労力もなく多大な力を得てしまったからこそ、これ以上の努力に意味などないのではないか。愛坂に届かない日々が続く中、そんなふうに思ってしまった期間が、無いわけではなかった。
 もちろん、今はそんな馬鹿げた考えなど捨て去っているが。
「なので、私が安藤さんにプロレス技を教えているのは本当にただの趣味なんですよ。というわけで安藤さん、意味とか実用性とかは求めずに、これからも宜しくお願いしますね」
「ふはははは! 何を今更!」
 ――…………。
 若干シリアスになりかけた思考が、急激に弛緩していく。
 ――さっきちょっと必死っぽかったのといい、これって、もしかしてだけど……。
「頑張って引き留めてますねえ、マゾさん」
 小声でそう告げてくる浮草に、今度は声も手も出さずに済ませる田上なのだった。
 安藤も分かって言ってるのかもしれないな、とすら。


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