「で、どうする金剛! 連れが来るまで待つか、それとも先に始めてしまうか!?」
 話が纏まった、かどうかはさておき、安藤がここで金剛にそう尋ねる。田上からすれば、ああそう言えばあと二人来るんだっけ、程度の話ではあったのだが、しかし金剛は「むう」と悩ましげに唸ってみせる。
「お前との手合わせはあいつらには関係ないからな……。元々は合流してから済ませる予定だったんだが、こうなってしまうとむしろ、先に済ませてしまいたいかもしれん」
「フッフー、凱らシいネ」
 というのは、どういう意味なのだろうか。安藤と金剛の手合わせに興味津々な田上としては、「先に済ませてしまいたい」の意味がよく分からなかったのだが――。
「ああ、血とか嫌いですもんね。金剛さん」
 華道がそう言ったところでようやく、「そこ」に思い至る。
 いくらただの手合わせとはいえ、鬼同士が殴り合って無傷で済むわけがないのだ。田上達の場合は基本的に寸止めで済ませているし、万が一それが適わなかった場合についても、怪我を防いでくれる人物がいるので問題はないのだが。
 華道が続ける。
「ってことは、あれも相変わらずなんですか? 仕事で血が付いたらお触り禁止っていう」
「そーナんだよネー。ワタシは気にしナいのニ」
 ――お触り?
「人前で堂々とする話じゃないだろう」
 よく分からなかったが、その話は金剛によって打ち切られてしまった。
「そんなことより、想定外とはいえせっかくの好都合だ。有効活用させてもらおうか」
 合流に遅れている二人が到着する前に、ということで、改めて安藤と向かい合う金剛。そして安藤の側にもそれに異論はないらしく、ここまで浮かべっ放しだった笑みを――ここでもやはりそのままに、腰を落として構えの姿勢を取ってみせた。
 のだが、
「あっ」
 その臨戦態勢に水を差したのは、恐らく最もこの展開を楽しみにしていた田上であった。
「どうかしました?」
「向こうの俺が鬼道使ったっぽい。それも残り三人全員分」
「へえ」
 自分から尋ねてきた割に、実に興味のなさそうな反応を返してくる浮草。分身した田上が鬼道の使用状況とその瞬間のおおよその位置だけは共有できることも、そしてそういう場合は何かしらの緊急事態に遭遇した可能性が高いということも、知らないということはない筈なのだが。
「お前の鬼道、分身だったか? 俺は話に聞いただけだが」
 どうやら今の短い会話が耳に届いていたらしい金剛が、まるでそれ以上話を進めようとしない浮草の代わりのようにして、そう尋ねてくる。
「ああ、はい。実はちょっと前から二人に別れて行動してまして……」
「そうか。で、つまりどういうことになるんだ? ただもう一人のお前がどこかで鬼道を使っただけ、という様子には見えんが」
 さすがは鬼と言うべきか。まだ何も説明していないも同然だというのに、表情と声色だけで察するところがあったらしい。
「何もないのに鬼道使うことなんてまずないんで、絶対とは言い切れませんけど、何かしらヤバげな目に遭ってるんじゃないかと……あの、そういうわけなんで俺はちょっと」
「うむ! では現場に向かうか!」
 安藤が声を張り上げた。と言っても、声の大きさ自体はこれまでと何ら変わりないのだが。
「方向は分かるのか少年!? 修羅だったとは驚きだがその話は後にしよう!」
「あ、え、ええとはい、分かります。いやでも、俺だけで」
 偶然出くわしただけの部外者とはいえ、これまで普通に会話していた相手が実は修羅であり、しかもその説明を飛ばしていきなり鬼道の話から入ったというのに、動じることなくただ事態の対処を優先してみせる安藤だった。
 そんな彼に、田上の方こそ動じてしまう。
 ――強過ぎねえか、この人ら。
「非番とはいえ俺は鬼だからな! 事件とあらば行かねばならんのだ!」
「シルヴィアさん達はどうします? お連れさんと入れ違いになってもなんですし、ここで待ちますか?」
 それはまさに、有無を言わせないという勢いであった。実際に勢い付いているのは安藤だけで華道の口調は落ち着いているのだが、しかしそれでも、横から余計な口を挟ませない何かを感じさせてくる。
「うーン……イヤ、一緒に行っチャってイいんじゃナいかな。ねエ、凱?」
「そうだな。俺もそんな気がする」
 ――そんな気がする? ってどういうことだ? 金剛さん達は別の地区の鬼だから一緒に来る必要はない、って話だと思うんだけど……?
 不思議に思う田上だったが、
「本当なら来ているべきこの場所に来ていなくて、別の場所で宜しくないことが起こっている。ならあいつのことだ、どうせそこにいるんだろう」
 もっとよく分からなくなってしまった。

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