「いやお前、何言って」
「率直に言いますけど」
 明らかに田上の言葉を遮る意図の含まれた強い口調で、荒田は言った。
「貴方は自分の才能をドブに捨てています」
「……えーと、何の話だ?」
 いきなりの叱責だったが、機嫌を損ねることよりも困惑が先に来てしまう。直前の展開を考えれば荒田は喧嘩、もとい戦闘について言及しているのだろうが、しかし敢えて振り返るまでもなく、二人はまだ何もしていなかった。やってもいないことについて才能をどうとか言われても困る――。
 ――ん? 俺に才能があるって言ったのかこいつ?……こいつが?
 返答を待っている間にまたしても困惑させられる要因が増えてしまったが、しかしどちらにせよ、荒田の言葉を待つよりほかにどうしようもない。この頃にはもう構えも解き、立ちぼうけの田上だった。
「何の話って、喧嘩の話以外に何があるんですか」
 やはりそこについての話ではあるらしい。が、ともなれば先に挙げた通り、
「つっても、まだ何もしてなかっただろさっき」
 ということになるのだが、
「それを言ってんですよこっちも。なんで何もしないんですか?」
 と荒田。しかし、そう言われても、と田上。
「いやだから、何もしないじゃなくて何かする前に終わっちまっただろ? 実際俺、動き始める直前で――」
「始まったらさっさとかかってこいっつってんだよ」
 怒られてしまった。
 ――お、怒り返せばいいのか俺は……? 理不尽なこと言われてる、よな?
 などと戸惑っている時点で、怒り返すことなど不可能ではある。ので、
「はあ」
 呆れの表現か、それとも怒りを鎮めるための一呼吸なのか。荒田が吐いてみせた大きな溜息にも、やはり戸惑うばかりの田上なのだった。
 ……少々の間を置いて、荒田はこう切り出した。
「さっきの二人が車に轢かれそうになった時のこと、憶えてますか?」
 何でこのタイミングでそこに話が飛ぶんだ、とは思ったが、しかしすっかり気勢が削げてしまっている田上は、それに対して肯定することしかできない。
「そら憶えてるけど。っつうか、暫くは忘れようがねえだろあんなん」
 人が車に轢かれそうな場面に立ち会ってしまう、というだけでも相当なところ、そこへ助けに入ったうえ自分も助けられもして……となれば、下手をすれば一生の思い出にまでなりそうなものである。
 ――という話では、なかった。
「貴方が車に気付いたあの瞬間、私は貴方を見ていました」
「そりゃまあ、二人で喋ってる最中にたまたま俺が車に気付いたってだけだしな」
 それがどうしたんだよ。とは、やはり言えない。先程から引き続いて気性が削げているというのもあったが、女性から『貴方を見ていた』なんて台詞を向けられたことも多少、ないではない。相手が相手なので、あくまでも多少ではあったが。
 そしてそんなことに気付く由もない荒田は、そのまま話を続ける。
「私が見ていた限り、貴方は車に気付いた瞬間にはもう、動き始めていました」
 と言われれば、その時の反応速度を褒めているのだろう、ということくらいは田上にも察せられた。なんでコイツが俺を褒めるんだ――というのはいいとして、
「そりゃ動くだろあの状況なら。……いや、驚いて動けねえってことだってあるだろうけど、動くか動かねえかの二択ってことだったら、あん時の俺が特別すげえってこともねえだろ? お前だって俺の方を見てたからちょっと遅れただけで、最初から車に気付いてたら――」
 俺と同じように動いてただろ。と、言おうとしたのだが、
「それが単に『車に轢かれそうな二人の方向へ走り出した』というだけなら、そうだったでしょうね。あの場で『動ける側』の人間は皆そうしたでしょう。恐らくは、私も」
「…………」
 そうではなかった。では、あの時自分はどう動いた? 下手をすれば一生の思い出になりそうなほど重大な、しかも記憶が薄らぐ方が難しいほど近々の出来事を、田上は必死に思い出そうとする。
「『鬼道を使って自分の分身二人を背後に置き、車目掛けて自分をぶん投げさせる』なんて突飛な動きをあの一瞬で、反射に近い速度で実行できる人間なんて、そうそういるもんじゃないと思いますけどね」
 ――…………。
「……ま、まあ、でも結局は後から動いたお前に追い付かれて拾い上げられたんだけどな」
「照れ隠しなんてしなくていいですよ気持ち悪い」
 ――ぐうう……。


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