「最初にやり合った時もそうでした。初めこそ愛坂真意と一緒に突っ込んできましたけど、私とのタイマンになった途端、様子見ばかりで自分からは動きませんでしたよね」
「普通の人間同士の殴り合いだったらまだしも、修羅同士ってんなら仕方ねえだろ。どんな鬼道持ってんだか分かったもんじゃねえんだから」
「貴方なら攻めながらでも反応して対応できるって言ってるんですよ」
 ――な、なんかめちゃくちゃ褒められてねえか俺?
 照れ隠しなんてしなくていいと言われたばかりだが、だからといって隠さず素直に照れてみせるというのも、間違いなく気持ち悪い光景ではあるのだろう。と、自分ですらそう思うのだから荒田からすればそれはもう――などと言っている場合ではないのは間違いない。ので、自分が今どんな顔をしているかは気にしないことにしつつ、湧きあがった疑問を荒田にぶつける田上。
「お前が言ってんのが本当なのかどうかはともかくとして、そもそもなんで俺にそんなこと教えるんだよ。敵だろお前」
「理由は二つあります」
 言いながら指を二本立ててみせる荒田の反応は素早く、それが今そう問われて初めて考えたものでないことを明白なものとしていた。ほんの些細な意趣返しにすらならなかったことに、田上はこの時点でもう苦い顔をするほかない。
「一つめは、さっきの二人に話したことです。私が修羅になったのは智代さんを守るためだ、という」
「それとどう関係があんだよ」
「修羅になりこそしましたが、どうやら私はまだまだ強くならなければならないようなので――まあつまり、丁度いい踏み台ということですね、貴方は。精々強くなって私の糧になってください」
 ――さっきあんだけ誉めといて、結局俺のこと下に見てんのかよこの野郎。
 と反発しつつ、しかし一方で、「誰かを守るために強くなる」という至極真っ当な動機を平然と語る彼女には、悪態を吐くばかりでもいられない田上だった。
 少なくとも、何もない自分よりは……。
「んでもう一つは」
「嫌がらせです」
「…………」
 ――結局かよ。
「ちゃんとした武道か何かをやっているんですよね? 貴方。どうですか? 真面目に強くなろうとしている――していた、かもしれませんが――敵、しかも素人からアドバイスを受けるというのは」
 嫌がらせという割には真顔のまま語る荒田であったが、ニヤニヤされて嬉しいわけでもないので、そこはいいとしておく。
 敵、という点については今の話に限らず多々意識させられるところはあったが、しかし素人という点からはどうだろうか。別にそんなことを求められているわけではないのだろうが、田上は真面目に考えてみた。
「嫌がらせだとしたら、先に嫌がらせだって言っちまったのは失敗だったな。身構えてたおかげでそこまででもねえわ」
「そうですか。それは良かったですね」
 肩透かしを食らい憎まれ口を返してくる荒田だったが、田上としてはそれだけを目的とした返事だったわけではなく……まあ、目的の一つではあったのだが。
「それに先に言って失敗だったつうなら、もういっこ前の話もそうだしな」
「…………」
 そう言われた時点で察したのだろう。何を言い返すでもなく、荒田は沈黙するばかりであった。
「『武道か何か』をやってないにしても、お前だって素人じゃねえだろ別に。あんな真面目に強くなる理由を語った後で素人とか言われても、説得力ねえっつうの」
「……ちっ」
 実に忌々しそうに舌打ちをする荒田。そういう方向にだけ情緒豊かである。
 となれば田上の側もそれに倣い、実に情緒豊かな笑みを浮かべてみせるのだった。してやったり、である。
「つーわけで、真面目に強くなろうとしてる奴からの極めて有用なアドバイスだからな。有り難く参考にさせてもらうぞ」
「ふん。次に会うまでに精々、出来のいい踏み台になっていて下さい」
 ――なんで今より強くなってるかもしれない俺に勝つ前提でいられるんだよお前は。前に戦った時だって、決着付かないまま流れただけなのに。
 荒田の捨て台詞に対してはそんなふうに思いこそすれ、しかしそこに苛立ちのようなものは含ませない田上。日頃から「強くなりたい」という思いを持ち、そのための行動を実践してもいる彼は、ならばそれと同様の思い、そして行動を見せた荒田に対し、いくらか敵愾心を削がれてしまったのだった。
 もちろん、そうは言っても荒田は間違いなく敵ではあるし、気を緩めるのもこの話題に限っての話ではあるのだが。
 ――あ、そういや定道を守るって何からだよっての、聞きそびれたまんまだったな。
 捨て台詞、ということで先程の言葉を最後に田上の元を離れ始めた荒田だったが、そのことに気付いた田上は――
 ――いや、追っかけてまで訊くようなことじゃねえか別に。それにそもそも、敵にそんなこと教えるわけもねえしな。弱味もいいところな話なんだし。
 というわけで彼女とはこのまま別れ、ついでにもう家に帰ってしまうことにするのだった。


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