「お礼ならもう充分ですが」
 浮かべた表情そのままの言葉を投げ付ける荒田。言っていること自体は尤もであり、これまでにも礼は何度か言われていたのだが、とはいえ命を救われたということであれば、繰り返し礼を言いたくなるあちらの気持ちも分からないでもない。なんせ田上は既に一度、その命を失っている身なのだから。
 そして当然、荒田もそこは同じである――筈、なのだが。
「あ、いえ、そうじゃないんですけど……いやいや、それもあるんですけど」
 恐縮しきりの少女のその様子には、
 ――助けてくれたのがよりにもよってコイツとか、本当についてないんだなあこの子。
 と、先程金剛から聞いた話も交え、同情を禁じ得ない田上だった。そもそもの「誰かに助けてもらわないといけない状況」のこともあり、どうやらこの少女の運が悪いというのは本当のことらしいな、とも。……いや、運の話に嘘も本当もあったものではない、とすべきが本来のところではあるのだろうが。
「ええと、失礼な質問かもしれないんですけど……お二人は、どうして修羅に……?」
 ――ああ、成程。それで今か。
 返事よりも先に納得させられる田上。というのは、今この場に鬼がいないことを指したものである。気遣いなのか、それとも自衛のためなのかはともかく、鬼がいる場でこんなことを尋ねたりすれば、警戒されるのがオチだ、ということなのだろう。実際、修羅の力で悪事を働いているというわけではない田上ですら、鬼達の前でこんな質問を投げ掛けられるのは避けたいところである。
 そして、ならば考えなければならない。質問に答えるのはいいとして、どう答えたものか――どこまで答えてよいものなのか。
 この少女と少年は鬼達と懇意にしているらしく、ならば鬼がいないとは言っても、後で二人の口から鬼に伝わってしまうというのは充分に考えられる。後ろめたいことがあるわけではないので、それを告げ口だなんだと非難するつもりは毛ほどもないが。
 逆に鬼達には、既に六親のことも含め、全て説明済みである――ので、仮にここで二人に伝えたことが鬼達に伝わったとしても、都合の悪いことにはならなそうではある。
 そして、考えねばならないことがもう一つ。鬼がいない代わりに、今この場には荒田がいるということも考慮せねばならないだろう。
 六親という組織の名、そしてそこに自分、そして愛坂が属していることは、既に知られている。というか、こちらから知らせたのだが。
 ――今思い出しても恥ずかしいなあ、真意さん考案のあの名乗り口上……。
 と、それはともかく。
 自分と愛坂が共に修羅だったことから、六親という組織それ自体が修羅と無関係ではない、ということくらいは察せられているだろう。とはいえ当たり前ながら、ならばその修羅の力を用いて何をしようとしているのか、というところまでは流石にばらしてはいないが。
「お前ら享楽亭をぶっ潰すための集まりだよ」とは、とても。
 それらを踏まえ、暫くの間うーんと唸ってから、田上はこう答えた。
「そうだなあ、自分の厄介事くらい自分で解決できるようになったほうがってくらいか……?」
 それは、全くの本音というわけではなかったが、しかし全くの嘘というわけでもなかった。
 どうして修羅になったか。田上にとってそれは、「六親がそういう組織だったから」ということでしかない。何も修羅化は強制されるわけではなく、飽くまでも「修羅になることを望むか否か」という問いに自分の意思で「はい」を選択した形ではあるのだが、しかしそこに積極性はほぼなく、ただ単に断る理由がなかっただけなのだ。
 ――人間止めたような力を持つことになるったって、死んでるんじゃあもう大して変わんねえもんなあ。
 どこか諦めを孕んだようなその感覚はしかし、田上の考えが浅い、ということではないのだろう。事実、現在六親に属しているものは、その全員が修羅化を受け入れていた。争い事を、どころか人と関わること自体を苦手としているあの読書家、今神ですら、である。
 とはいえ前述の通り、先程の返答は嘘だった、ということでもない。なんせ六親の目的である「享楽亭の撲滅」は、享楽亭の手のものに殺害された田上にとって、「自分の厄介事」でもあるのだから。……とはいえこれもまた前述の通り、そこに積極性はほぼないのだが。
 ――だからこう、アレだよな。復讐のためにってよりは、悪い奴らをほっとくわけにはいかねえよなってちょっと遠くから見てる感じって言うか……なんて言い方だと、なんかあからさまに正義の味方っぽくてこっ恥ずかしいけど。


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