「ですよね!」
 唐突、かつあまりにも力強い肯定に身じろぎさせられる田上。しかしもちろんそれは、正義の味方云々、という彼が思い浮かべた内容に対するものではない。彼が抱いた、ほんの一瞬の不安に反して。
 一瞬の驚きを振り払った田上は、次にその肯定した人物について違和感を持った。
 少年だった。顔が同じなので混同しそうになるが、確か質問してきたのは少女だった筈である……し、仮にそうでなかったとしても、そもそもそこまで力んだ返事を頂くような応答ではなかった筈である。故にこそ、形の上ではただの返事であったそれを、唐突、などと思ってしまったわけで。
 自分の厄介事くらい自分で解決できるように。
 ――そう言った本人がこんなこと言うのもなんだけど、ありきたりっつうか何つうかだよなあ。そりゃまあ、一応は実態に即した内容ではあるんだけど。
 と、まあしかし、それらは一旦横に置いておいて。
「ええと……『ですよね』って、どういう?」
 困惑しつつも尋ねてみる田上。しかし、
「ほら見ろ普通はこうなんだよ! お前みてえに何かある度イジイジイジイジしてんじゃなくて!」
「うう……そ、そう言われても……」
 田上そっちのけで少女に食って掛かる少年。
 何かある度、というのは先程金剛が言っていた「運が悪い」という話を指したものなのだろうか?……という推察がなんとかできないではないが、そうしてみたところで置いてけぼり感が薄れるわけではなく。
 なので、緊急の手段として。
「お前は? 修羅になった理由」
「なんで貴方が訊いてくるんですか」
 荒田に話を振る、というかぶん投げることにした。
「なんでって、まあ一応俺も気にならんことはないし」
「……そうですか」
 その田上の言には皮肉が込められていたし、そしてどうやら、荒田もそのことには気付いたらしい。隠す相手がいないから、と彼女自身が仮面で覆うことを拒否したその表情は、僅かに田上への苛立ちに歪ませられるのだった。
 ――気になるのはやっぱ、コイツが修羅になったのは享楽亭に入る前なのかどうかってところだけど……つってもまあ、入ってからだよなやっぱ。
 もちろん、彼女が今ここでそんな話を惜しげもなく語るわけもない。が、しかし一応、田上はそんなことを考えた。
 修羅になるには、それなりの設備、そしてそれを扱える人物が必要となる。
 ――すげえ金持ちとすげえ頭いい人。って感じじゃねえもんな、コイツとあの小太りは。
 という田上の推察は短慮に過ぎるとしても、しかしやはり、幽霊の修羅化を行える何者か、というものを想像する時、イメージしやすいのは個人ではなく団体である。荒田と定道、二人でも団体と言えなくはないのだろうが、言えたところで何なんだという話であろう。
 ましてや、荒田と定道は二人ともが幽霊。そして幽霊というものは、どうしても社会から分断された存在になりがちであり――つまるところ、「すげえ頭いい人」はともかく「すげえ金持ち」な幽霊というものは、ほぼ存在しえないのである。
 無論、現に田上がそうであるよう、資金の豊かな存命の個人、もしくは団体と繋がりを持っている、という形であれば、幽霊が資金を得ること自体は可能と言えば可能なのだが――。
 ――それで俺が金持ちだって話にはならねえもんな、そりゃ。んでコイツとあの小太りは、享楽亭以外にもなんかデカいとこと繋がってる、って感じじゃねえし。いや、なんか人付き合いとかしなさそうだなってだけの話だけど。
「大切な人を守るためです」
 田上曰く人付き合いとかしなさそうな人物は、しかしそう判断してみせたその途端、地震が修羅になった理由をそう答えてみせたのだった。
「大切な人……?」
 どういうわけだか少年から責め立てられていた少女が、その際の及び腰を引きずったまま、そう尋ね返す。すると、
「恋人です」
 あっさりとそう返してみせる荒田だった。
 ――……何も言わないでおいた方がいいよな、そこについては。
 と、彼女の言う恋人が同性の人物であることについては触れないことにしておく田上ではあったが、しかし一方で、何尤もらしいこと言ってんだよコイツは、とも。
 大切な人を守るために修羅になった、と言う荒田。しかし彼女にその修羅の力を与えたのは、先の考察が正しければ享楽亭である。
 まかり間違っても、そんな聞こえのいい目的のために存在する組織ではないのだ。


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