「そういうのもあるのか……」
 唸るように言ったのは少年。先程から引き続き、これもまた違和感のある反応だった――というのは、今の荒田の返答はありきたりと言えばありきたりなものであり、なのでそこまで感嘆するようなものではなかった。と、田上としてはそう思わされるものだったのだ。
 とはいえもちろん、名前を出してこそいないが定道を対象とした話である以上、それは方便ではなく、中身あってのものではあるのだろう。人に害を為す側に立っていながら、一体何から守ろうというのかは定かではないが……。
 ――んで、それはそれとして。
 思索の方向性によっては怒りが湧き始めかねない件は捨て置いて、田上は頭を切り替える。
 ――もう一人の反応は薄いんだよな、やっぱり。
 と、少女の方を見遣りながらそんなふうにも。しかしその割には最初の質問は彼女の口から出てきたものだったことを考えると、頭がこんがらがりそうになる田上だった。
 が、しかしここで、もしかして、と。
「まさかだけど、修羅になろうとか思ってたり?」
 すると今度は、二人が揃って同じ反応をしてみせた。顔を強張らせ、しかし何も言わず――いや、言えず、なのかもしれないが。
 そうして二人が沈黙している間に、田上はもう一つ重要なことに思い至る。二人の気まずそうな佇まいを前に、何でもいいから何か言わないと、と思わせられたというのもなくはないが。
「あーいや、そもそもどっちが幽霊なんだっけあんたら。……男の方だっけ?」
 空気を和ませるために間抜けな質問をしてみた、ということではなく本当に確信が持てなかっただけなのだが、それを把握しているのが田上本人だけであればどちらでも同じことだろう。
 で、それはともかく肝心な二人の反応なのだが。
『…………』
 黙り続けていた。
 しかも、険しい表情は一層深くなっていた。
 ――あれぇ?
 確かについさっき聞いたばっかの話を忘れたわけだけど、でもだからってそんな、元から不穏だった空気を更に悪化させるほどの見苦しさだっただろうか……? などと不安になっていたところ、
「何を言ってるんですか貴方は」
 それに対する突っ込みは、予想外の所から飛んできた。荒田である。
 ただまあ、この中で俺を馬鹿にしてきそうなのは誰かって言ったらコイツだよな、などと即座に納得する方向へ意識が向いてしまうのは、普段からよく馬鹿にされている人間の悲しい習性だったのかもしれない――
「どっちも男子でしょう、この二人は」
「は?」
 ――は?
「……は?」
 田上は混乱した。
「お、お姉さん……!」
 一方で少女、もとい少年は歓喜した。
「言わなくても分かってくれる人が……! やっと……!」
「おめでとう」
 元から少年だった少年は、実は少年だった少女のその感激ぶりに拍手を送る。しかしそれを見た田上には、あんたら仲良いのか悪いのかどっちだよ、などと突っ込みを入れる余裕はない。
 ――同じ顔した男と女のどっちが幽霊だったかと思ったらどっちも男で? じゃあどっちも幽霊で? いやいやそうじゃなくてどっちかだけが幽霊なんだからどっちかだけが男で? じゃなくて女で? じゃなくて?……ええと?
「言わなくても分かるって、見れば分かるでしょうそんなこと」
 歓喜と混乱の狭間で、しかし荒田の反応は冷めたものだった。まるで男女の見分けなど誰にでも付けられるとでも言いたげな――いや、普通なら全く以てその通りではあるのだが。
「おおおお……! 僕が人からこんなこと言ってもらえるなんて……!」
「私服どころか学校で制服着てても危ういもんなお前」
 そう声を掛けつつ苦笑いを浮かべる元から少年だった方の少年だが、すると次のその視線は荒田へと。
「それでお姉さん、なんでこいつが男だって?」
「なんでも何も、男はどう見たって男でしょう」
「うーん、これまでの人生ずっとそうじゃなかったから不思議なんですけど……」
 言葉のあやなのかもしれないが、どういうわけかまるで自分が当人であるかのような言い方をしてみせる少年。しかし、興奮状態にある本来の当人にそんな些細なことを取り上げる余裕はなかったらしく、
「これといった理由もなく男だと分かってもらえるなんてすっごい最高だよ!?」
 と、余計なことを言うなとばかりの勢いで少年に言葉をぶつけるのだった。
「すっごい最高って何だよ――っていうか泣くなよみっともねえ」
「え?……あ、えへへ」
 少年の指摘で初めて自分が涙を浮かべていたことに気付き、照れ臭そうにはにかみながらそれを拭うその様は、どこからどう見ても可愛らしい女の子のそれだったのだが……それが男だと言われてしまうと、そう見えてしまう自分の方がおかしいのではないか? 漸く混乱から立ち直った田上はその直後、頭を抱える羽目になってしまうのだった。


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