「ご、ごめんなさい。それじゃあその……ありがとうございました。僕たちはそろそろ」
涙を拭い終えた少年は、するとここで別れを告げてくる。思いがけず涙を浮かべたことでこの場に留まり辛くなったところはあったのだろうし、そうでなくとも丁度いいタイミングではあったのだろう。
――で、結局何しに来たんだ一体……って、いやそうか。俺とこいつが修羅になった理由、だったか。
後半の話題ばかりが頭に残って当初投げ掛けられた質問を忘れそうになっていた田上だったが、しかしそれにしたって、「そんなこと訊いてどうすんだ」という話ではある。修羅になるつもりなのか、という田上の問いに含むところありそうな反応を見せていた二人だったが――そういえば結局どちらが幽霊だったのか確認できていないが――しかしまさか、田上や荒田が語った理由をもとにその選択を取るようなこともないだろう。
それがどれだけ重大な話であったとしても、他人の話は所詮、他人事である。人間離れした力を得る……ある意味で「人間を辞める」ことになる修羅化を望むというのならば、そこにはやはり、自分自身がそれだけの選択をする理由を抱えていて然るべきなのだろう。
ましてやこの二人は、鬼達と知り合いなのだ。修羅になるということを気軽に捉えている、などということはないだろう――し、そもそもそれ以前に、そういう人間には見えなかった。
――でもまあ、それを言ったら俺の周りだってあんまり言えたモンじゃないんだけどな。あからさまにヤバそうなのって浮草くらいだし、詠吉なんかその真逆だし。
何はともあれ、少年二人が去ろうとする。のだが、するとその時。
「べろべーろ」
と、なんとも気の抜ける何かの声が何処からか。
「……なんだ今の?」
「さあ」
その声は明らかに今この場に居る四人のものではなかったが、しかし周囲を見渡してみても、四人以外には誰もいない。一応声を掛けてみた荒田の反応からして、どうやら空耳だったというわけではないらしい。だったら「さあ」の一言で済ませるなよ、と言いたいところでもあったが。
「千春、今の」
「あー、まあ、やっぱ俺ら二人だけで行かせるのはナシだったってことだよな。シルヴィアさん的には」
同じく今の声が聞こえていたらしい少年二人は、足を止めてそんな遣り取りを。どうやら男らしい方の少年の名は千春というらしい。と、今それはいいとして。
「何だったんだ今の? シルヴィアさん……の声じゃなかったよな、どう聞いても」
一応はまだ声の届く範囲にいるその二人へ、田上はそう問い掛けた。
すると少年二人はこちらへ振り返り、男らしくない方の少年がにこりと微笑んだ。
「シルヴィアさんが見張りを付けてくれてたみたいです。……大丈夫だよレオン、僕達もう戻るから」
そうして少年が声こそすれども姿が見えない何者かに声を掛けたところ、
「べろろ」
まるで初めからそこに居たかのように、少年の足元に何かが姿を現した。
「……ぬ、ぬいぐるみか何かかそれ?」
何処からどう見てもそれはぬいぐるみだったのだが、しかし二本足で立ち、どころか歩き、更には言葉でなくとも声を発しているそれが本当にぬいぐるみなのかと言われると、田上の脳はそう断定はしかねるのだった。が、
「はい。カメレオンのぬいぐるみのレオンです」
「べろろーろ」
そう紹介されてしまっては、そういうことなのだと納得するしかない。少年に抱き上げられ、鳴き声を発しながらぺこりと頭を下げてみせてきたそのカメレオンのぬいぐるみに、戸惑いながらも頭を下げ返す田上であった。
そして戸惑いついでに、一つ質問を。
「えーと……つまりあれか? シルヴィアさんが付けた見張りってことはそれ……そのレオン君、シルヴィアさんの鬼道?」
「そうです。ずっと僕達の傍にいてくれたみたいですね、透明になって」
――透明って。
さらっととんでもないことを言う少年。そして、
「こう見えて修羅と戦えるほど強いですからね、こいつら」
――…………。
同じくさらっととんでもないことを言う、もう一人の少年だった。
――ま、まあでも俺らに対する見張りってことならそりゃそうじゃないと務まらないだろうしな。で、しかも「こいつら」ってことは、動くぬいぐるみはこのレオン君だけじゃないってことか。……やっぱとんでもねえな、本職の鬼さんは。
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